第02話 食堂のご夫婦のおもてなし

ふぉるもさライダー

 

  数年前の9月。私は、花蓮縣にある瑞穂温泉へとスクーターを走らせていた。前日に花蓮市内で借りた125ccの相棒は、「台東まで行くなら、よく走るやつがいいな。」とバイク店の兄ちゃんが選んでくれただけあって、すこぶる快調だ。

  昼前に、ある集落のはずれで1軒の食堂に入ることにした。ご夫婦二人の小さいお店だ。

 

  台湾華語がほとんどできない私は、もっぱらメニューを指さして「我要ちぇいが」(これちょうだい)とオーダーすることが多い。この店は壁にメニューを貼ってある。テーブルにメニューを置いていない大きい店だと壁まで行って示すのが大変で、実はレーザーポインターを持ち歩こうかと真剣に考えたこともあるくらいだが、幸いこの店は壁が近くて助かった。

  この時は見たことのない「什錦麺」というものを試してみることにした。


  しばらくして運ばれてきたのは、初めて見る「揚げ入り海鮮麺」(?)だった。

  お客は私ひとり。黙々といただき、お勘定のあとで、せっかくなので店の大将に「瑞穂温泉へは前の道を西に行けばいいですか?」と筆談で聞いてみることにした。私としては軽い気持ちで「そうだよ。」とうなずいてくれる程度のリアクションを想像していた。

  ところが、ここから食堂の雰囲気がにわかに慌ただしくなったのである。

大将があちこちに電話をかけはじめたのだ。そのうち、奥さんが、切ったグアバをお皿に乗せて出してくれた。「これ食べながら待っててね」ということのようだ。

 

  何軒か電話をかけた後で、大将が残念そうな顔で出てきて身振り手振りで伝えようとしてくれたのは・・・「日本語が話せるおじいさんに連絡をとろうとしたが、昼寝中でだめだった。」ということらしかった。

  大将は、恐縮している私の脇をすっと抜け、店の前に駐めてあるトラックの運転席に滑り込んだ。エンジンをかけて何か叫んでいる。

 

  「わしに付いて来い!」と言ってる?

 

  せき立てられるように、急いでヘルメットをかぶりバイクにまたがった。さっき遠慮がちに食べかけたグアバを、奥さんが袋に入れて渡してくれた。時速80km以上のスピードでトラックを追いかけてようやく追いついたが、大将はスピードを落とす気配がない。私は道に迷ったわけではなく、この道を行けばいいかどうかを確認したかっただけなのに、えらいことになった・・・ そう思うものの、言葉が通じないので成り行きに任せるしかない。

  10分ほどトラックの後ろについて走っただろうか、前方に「瑞穂温泉→」の案内標識が見えた。思い切って追い越し、トラックの前に回り込んで止まってもらう。

  バイクを降りて大将に頭上の案内標識を指さし、OKですと伝えると、「あとはわかる」ということを理解いただけた。「多謝!多謝!」と心からお礼を伝え、引き返していく大将のトラックを見送った。

  ふと距離計を見ると、さっきのお店から7~8kmは来ている。これから同じだけの距離を戻っていただくことになるわけで、申し訳ない思いでいっぱいになった。

  瑞穂温泉のさび色のお湯を堪能しながら、改めて食堂の大将のことを考えた。

自分だったら、同じようにできるだろうか。台湾の人達から親切にしていただいた経験を振り返ると、「考えるよりも先に体が既に動いている」そんな方が多いような気がする。

  困っている旅人を放っておけない。それが日本人なら尚更放っておけない、そんな感じなのだろうか。ありがたいことである。

 

  一軒宿の瑞穂温泉には、日本の温泉街でふつうに見かけるようなお土産的なものは見当たらなかった。このまま失礼すると、改めてこの近くまで来る機会はないかもしれない。何かお礼を持って、さっきの食堂に立ち寄っておきたいと強く思った。

  帰り道のセブンイレブンで「キティちゃん」がでかでかと描かれたインパクト満点の箱入りのクッキーを見つけ、くくりつけるひももわけてもらった。そして落とさないように気をつけながらバイクを走らせた。

お店を再訪すると、ご夫婦揃って驚かれ、キティちゃんの箱を見て満面の笑みを返してくださった。言葉できちんとお礼を伝えるスキルを持ち合わせていないことが本当に残念だが、感謝の想いは受け止めていただいたように思う。

 

  見ず知らずの台湾の方に、こんなふうにお世話になってしまうことがよくある。

私の語学力の拙さが一因なのだから、何とかすべきなのは確かだ。いつも帰りの飛行機で同じことを思いながら、次回の訪台まで何もできないことが続いている。

  

  台湾へ行くたびに素敵な経験を重ねて、私は哈台族(はーたいず)(台湾大好き人間)になった。

 

麺一杯頼み道問ふ外人を先導したまふ小吃店(メシヤ)主人(あるじ)

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